アグリツーリズムとアウトドアクッキングは、天城流儀で行こう。

かたつむり 足立 浩
NPO狩野川倶楽部理事、伊豆市天城湯ヶ島在住

1958年生まれ、天城中学卒業後、甲子園を目指し静商へ。夢かなわず某化粧品会社へ就職。仕事の関係で全国支店に勤務し、外から伊豆のすばらしさを再確認。35才で脱サラUターン。放置された間伐材を利用したログハウスをセルフビルドし今に至る。はちくぼ会 茅野塾。私の生まれ育った天城山。伊豆の屋根・天城連山に囲まれ、素晴らしい自然が今もそのままの状態で残っている。天城越えには国道414号線で天城隧道を超えるルートが一般的。国道を挟んで右側に狩野川渓谷が、左側に先住民が開拓した田園がある。決して恵まれた環境とはいえないが、山岳と田園と渓流が共存する個性あふれる空間である。

?里山には山菜が芽吹く。ワラビやゼンマイ、ふきのとう。子どものころ、私たちは鳥を獲った。もちろん今では禁止だが、カスミアミやトリモチをつかい、獲った鳥は羽根を剥ぎ取り、焚火をして焼いて食べた。
?渓流で泳ぎ、魚を獲った。狩野川の源流域は、下流に大きな滝がありアユは遡上できないが、アマゴ、カジカ、ウナギがたくさんいた。銛(もり)か齧り(かじり)を使い、面白いように捕れた。これもやはり焚火で焼く。空きカンを鍋にジャガイモを茹でたり、キュウリを添えたり。今思えば立派な野外料理だ。
?山々が色づいた頃は里山へ。アケビが口を開けて待っている。山柿やグミ、ザクロなど甘い秋の味覚は子どもたちの大好物。稲刈りが終わった田圃の稲村を組んでつくった秘密基地で、収獲の作戦会議を行なったものだ。
?八丁池まで歩き、スケートを楽しんだ。当時の八丁池の写真を見てみて欲しい。なんと全面凍結した池に数百人がスケートを楽しんでいる。雪が降れば芝山だった鉢窪山で竹スキーや竹ソリをつくって滑って遊んだ。

狩野川上流域は自然のめぐみの宝庫。四季折々のフィールドでいろいろな遊びが私たちを育て上げてくれた。今もなお健在な素晴らしい自然の中で、昔懐かしい空間・方法・素材を使い、滞在する時間を提供することが、きっとこれからの新しい生き方の提案になると信じている。
私が経営する“かたつむり”で人気なのは、スコリアという多孔質の火山噴出物(溶岩)でつくった石窯のピザ焼き体験である。伊豆半島は火山で出来た特異な地形であり、この天城にもAAランクのジオパークが3つもある。川底に流れるような溶岩が連なる滑沢渓谷、鉢窪山の噴火で流れ出た溶岩が止まってできた浄蓮の滝、そして溶岩が煉瓦色をしている鉢窪山だ。子どもの頃の焚き火はスコリアの石窯に、空き缶鍋はダッチオーブンへと進化したけれど、地域固有の食材は、ワサビ、シイタケ、タケノコ、ワラビ、ゼンマイ、蕗、アマゴなど何も変わらない。子どものときのように、天城の豊かな自然を、食を通じて感じてもらいたい。新鮮なのだからそのまま素材を生かして料理したいのである。また、アウトドアクッキングの基本は屋外。燃料もやはり現地調達が望ましい。幸いこの天城には杉や檜も多く、折れて落ちた枝がそのまま焚き火の燃料になる。ただ里山を歩くだけで、食材も燃料も調達もできる。これだけでも訪れたひとには極めて非日常的な体験だろう。
天城のアグリツーリズムやアウトドアクッキングはまだ発展途上の段階だ。わさび沢でわさびづくしのアウトドアクッキング。あえてダッチオーブンでイノシシ鍋をつくる。沢の水を沸かして珈琲を淹れる。鹿肉と地元で採れた新鮮な野菜でBBQする。林道をマウンテンバイクで駆ける。私たちは、こうしたアクティビティをさらに掘り起こし、もっと向き合い、ずっと磨き上げていかねばならない。
それは、衰退した観光産業をよみがえらせるというより、新次元の交流ステージを自然豊かな天城につくりあげるということだ。ローカルガイドとしての課題はまだまだあるけれど、そのためにローカルライフスタイルを顕在化し、訪れる人びとへ積極的におすそ分けしていきたい。そう強く思うのである。